top of page
チャプターTOP

次の祝祭までには

5

部屋は質素で、安い裸電球の灯りがあるだけだったが、掃除が行き届いてきちんとしていた。ベッドとタンス、電子レンジ、小さな冷蔵庫、洗濯機、そしてドアが開いている奥の壁には、簡易トイレとシャワー装置が、むきだしになって見えた。
 ひどくショックだった。「すてきな所ね」わたしは、精一杯自分を励まして言った。「ほんと、チャーミング!」
 そして、ベッドの上にプレゼントを広げて、キッチンタオルの手ざわりとチョコレートの品質の良さをまくしたてた。
「ありがとう、奥さん、ありがとう!」老女はそう言って、わたしに抱きついた。彼女の鼻が、まるで指定席をみつけたかのように、わたしのおへそにはまった。老女の骨ばった体は冷たく、そして硬く、色あせた青い目はしっとりと澄んでいた。
 いとまの時だと思い、ドアに向けて足をすすめたわたしは、いきなり「ちょっと待って」と言った。「写真撮らない?」
 わたしたち二人は、電子レンジと冷蔵庫、洗濯機の横で、それぞれ自撮りをした。
 テルアビブに戻ろうとして、再び車で道路に出た時、彼女が足早に歩いてくるのが見えた。いつもの白い〈puma〉を履いた足は、走っているかのようでもあった。顔の表情がひきつり、眼はいくらか閉じて、口は一文字にこらえている。いつもよりずっと老けて、そして痩せて見えた。両手はしわだらけで筋が浮き出て、切り傷の血と老齢によるシミが目立っていた。薄い髪の毛は、夕日にあたってしおれている。信号の色が変わった時、目の前の画像は勘違いだと思うことにした。たまたま同じ白いスニーカーを履いた別の老女だったのだと、胸騒ぎを追い払った。

PAGE

bottom of page